出張旅費の実費精算でインボイスは必要か?
令和5年10月1日よりインボイス制度が始まりました。始まって間もない制度であることから、どのように考えれば良いのか不明瞭な場面がいくつかあります。今回は、いわゆる「出張旅費特例」について取り上げてみたいと思います。
出張旅費特例とは?
消費税法第30条第1項にて、適格請求書(=インボイス)または適格簡易請求書(=簡易インボイス)に記載された消費税額を控除する旨が規定されています。すなわち、インボイスまたは簡易インボイスがない場合には、仕入税額控除ができないことになります。
消費税法
(仕入れに係る消費税額の控除)
第三十条 事業者(第九条第一項本文の規定により消費税を納める義務が免除される事業者を除く。)が、国内において行う課税仕入れ(特定課税仕入れに該当するものを除く。以下この条及び第三十二条から第三十六条までにおいて同じ。)若しくは特定課税仕入れ又は保税地域から引き取る課税貨物については、次の各号に掲げる場合の区分に応じ当該各号に定める日の属する課税期間の第四十五条第一項第二号に掲げる消費税額(以下この章において「課税標準額に対する消費税額」という。)から、当該課税期間中に国内において行つた課税仕入れに係る消費税額(当該課税仕入れに係る適格請求書(第五十七条の四第一項に規定する適格請求書をいう。第九項において同じ。)又は適格簡易請求書(第五十七条の四第二項に規定する適格簡易請求書をいう。第九項において同じ。)の記載事項を基礎として計算した金額その他の政令で定めるところにより計算した金額をいう。以下この章において同じ。)、当該課税期間中に国内において行つた特定課税仕入れに係る消費税額(当該特定課税仕入れに係る支払対価の額に百分の七・八を乗じて算出した金額をいう。以下この章において同じ。)及び当該課税期間における保税地域からの引取りに係る課税貨物(他の法律又は条約の規定により消費税が免除されるものを除く。以下この章において同じ。)につき課された又は課されるべき消費税額(附帯税の額に相当する額を除く。次項において同じ。)の合計額を控除する。
また、消費税法第30条第7項には、帳簿及びインボイス等を保存しない場合には仕入税額控除を適用しないこと、政令で定める場合にはインボイス等の保存がなくても仕入税額控除ができる旨が規定されています。
同条
7 第一項の規定は、事業者が当該課税期間の課税仕入れ等の税額の控除に係る帳簿及び請求書等(請求書等の交付を受けることが困難である場合、特定課税仕入れに係るものである場合その他の政令で定める場合における当該課税仕入れ等の税額については、帳簿)を保存しない場合には、当該保存がない課税仕入れ、特定課税仕入れ又は課税貨物に係る課税仕入れ等の税額については、適用しない。ただし、災害その他やむを得ない事情により、当該保存をすることができなかつたことを当該事業者において証明した場合は、この限りでない。
そして、消費税法施行令第49条にて、インボイスの保存がなくてもよい場合が規定されています。
消費税法施行令
(課税仕入れ等の税額の控除に係る帳簿等の記載事項等)
第四十九条 法第三十条第七項に規定する政令で定める場合は、次に掲げる場合とする。
一 課税仕入れが次に掲げる課税仕入れに該当する場合(法第三十条第七項に規定する帳簿に次に掲げる課税仕入れのいずれかに該当する旨及び当該課税仕入れの相手方の住所又は所在地(国税庁長官が指定する者に係るものを除く。)を記載している場合に限る。)
イ ~省略~
ロ ~省略~
ハ ~省略~
ニ イからハまでに掲げるもののほか、請求書等(法第三十条第七項に規定する請求書等をいう。)の交付又は提供を受けることが困難な課税仕入れとして財務省令で定めるもの
この財務省令で定めるもの、というのは消費税法施行規則第15条の4で規定されています。
消費税法施行規則
(請求書等の交付又は提供を受けることが困難な課税仕入れ)
第十五条の四 令第四十九条第一項第一号ニに規定する財務省令で定める課税仕入れは、次に掲げる課税仕入れとする。
一 ~省略~
二 法人税法(昭和四十年法律第三十四号)第二条第十五号(定義)に規定する役員又は使用人(以下この号及び次号において「使用人等」という。)が勤務する場所を離れてその職務を遂行するため旅行をし、若しくは転任に伴う転居のための旅行をした場合又は就職若しくは退職をした者若しくは死亡による退職をした者の遺族(以下この号において「退職者等」という。)がこれらに伴う転居のための旅行をした場合に、その旅行に必要な支出に充てるために事業者がその使用人等又はその退職者等に対して支給する金品で、その旅行について通常必要であると認められる部分に係る課税仕入れ
三 ~省略~
消費税法施行規則第15条の4第1項第2号がいわゆる「出張旅費特例」の法的根拠となります。ここでは、「旅行に必要な支出に充てるために」「支給する金品」を頭に入れておきましょう。
国税庁の解説は?
国税庁のウェブサイトには、「消費税の仕入税額控除制度における適格請求書等保存方式に関するQ&A」が公表されています。「3 帳簿のみの保存で仕入税額控除が認められる場合」の中の問104には、次のように記載されています。
(出張旅費、宿泊費、日当等) 問104 社員に支給する国内の出張旅費、宿泊費、日当等については、社員は適格請求書発行事業者ではないため、適格請求書の交付を受けることができませんが、仕入税額控除を行うことはできないのですか。 |
【答】 社員に支給する出張旅費、宿泊費、日当等のうち、その旅行に通常必要であると認められる部分の金額については、課税仕入れに係る支払対価の額に該当するものとして取り扱われます(基通11-2-1)。この金額については、一定の事項を記載した帳簿のみの保存で仕入税額控除が認められます(新消法30⑦、新消令49①一ニ、新消規15の4二、インボイス通達4-9)。 なお、帳簿のみの保存で仕入税額控除が認められる「その旅行に通常必要であると認められる部分」については、所得税基本通達9-3に基づき判定しますので、所得税が非課税となる範囲内で、帳簿のみの保存で仕入税額控除が認められることになります。 |
ここで着目したいのは、「所得税基本通達9-3に基づき判定します」「所得税が非課税となる範囲内で」というフレーズ。なぜ、所得税が非課税という発想になるのでしょうか?所得税基本通達9-3および法令である所得税法第9条を見てみましょう。
所得税法
(非課税所得)
第九条 次に掲げる所得については、所得税を課さない。
一 ~省略~
二 ~省略~
三 ~省略~
四 給与所得を有する者が勤務する場所を離れてその職務を遂行するため旅行をし、若しくは転任に伴う転居のための旅行をした場合又は就職若しくは退職をした者若しくは死亡による退職をした者の遺族がこれらに伴う転居のための旅行をした場合に、その旅行に必要な支出に充てるため支給される金品で、その旅行について通常必要であると認められるもの
~以下省略~
所得税基本通達
(非課税とされる旅費の範囲)
9-3 法第9条第1項第4号の規定により非課税とされる金品は、同号に規定する旅行をした者に対して使用者等からその旅行に必要な運賃、宿泊料、移転料等の支出に充てるものとして支給される金品のうち、その旅行の目的、目的地、行路若しくは期間の長短、宿泊の要否、旅行者の職務内容及び地位等からみて、その旅行に通常必要とされる費用の支出に充てられると認められる範囲内の金品をいうのであるが、当該範囲内の金品に該当するかどうかの判定に当たっては、次に掲げる事項を勘案するものとする。(平23課個2-33、課法9-9、課審4-46改正)
(1)その支給額が、その支給をする使用者等の役員及び使用人の全てを通じて適正なバランスが保たれている基準によって計算されたものであるかどうか。
(2)その支給額が、その支給をする使用者等と同業種、同規模の他の使用者等が一般的に支給している金額に照らして相当と認められるものであるかどうか。
所得税法第9条では、一定の「所得」については所得税を課さない、という規定です。第4号で通常必要な旅費が規定されています。つまり、本来は「所得」であるものの、第4号の旅費については所得税を課さない、ということです。
さらに所得税基本通達において、本来は「所得」であるが所得税を課さない旅費は、「適正なバランスが保たれている基準によって計算され」ているとか、「同業者等が一般的に支給している金額に照らして相当と認めらえるもの」であると明記されています。
出張先で利用した駐車場代、タクシー代などを会社から精算してもらったものが、(例え非課税であるとしても)所得であると考える人は皆無ではないでしょうか?これらは、当然に会社の経費であり、支払先は駐車場運営会社やタクシー会社であり、従業員の所得とはなり得ません。したがって、所得税法第9条も所得税基本通達9-3もこれらについて規定したものではないのです。
ここでは、旅費規程に基づき、職制、目的地、出張期間等から一定の金品を支給するもの、例えば「出張先が東京の場合、部長15,000円、課長12,000円、それ以外10,000円を支給する」といった、出張日当等について所得税を課さない、という規定なのです。そして、非課税とされた出張日当等については、インボイスは不要である、という整理なのです。
このように考えると、消費税法施行規則第15条の4第1項第2号の「旅行に必要な支出に充てるために」「支給する金品」というフレーズも納得できるのではないでしょうか。
※そもそも、出張先で利用した駐車場代を会社から精算してもらったものを、必要な支出に「充てるため」に金品を「支給してもらった」とは言わないでしょう。
【結論】出張旅費の実費精算ではインボイスが必要
以上より、インボイスが不要となる出張旅費特例は、旅費規程の基づき支給される旅費日当等についての特例であり、旅費規程とは関係なく実費精算される駐車場代、タクシー代、宿泊代等については、出張旅費特例の対象にはならず、インボイスが必要であると考えます。
インターネット上には、きちんと法令解釈をせずに、出張旅費であれば飛行機代、宿泊代、タクシー代も全てインボイス不要、といった「出張旅費特例」という名称のみから判断している記事も見受けられますので、正しい解釈に基づいて対応したいものです。